子どもたちへの支援に自身の体験を活かす 作業療法士 松本さんの場合

 現在は作業療法士として、療育センターで働いています。
 短大を出て保育士として働き始めました。26歳、幼稚園に勤務している時に、くも膜下出血になりました。保育中に急にふらっとなって、他の先生に助けを求めたらしいですが、そのあたりは覚えていません。すぐに救急車を呼んでもらって入院しました。血圧はむしろ低めで、いわゆる生活習慣病とは無縁の生活でした。基礎疾患もありません。なので、誰でもこういう病気になる可能性があるんだと思っています。
入院していた病院では、高次脳機能障害の説明は全くありませんでした。計算とかできなかったのですが、そのうち良くなるよって言われました。退院したあと、勤務していた幼稚園に戻りました。クラスは他の保育士さんが担当していましたので、補佐として具合が悪くなったお子さんをみたり、事務などしていました。新学期には担当を持ちたいと園長先生に伝えた結果、新人さんと2人で大勢の子どもたちを担当することになりました。異例のことだったようです。クラスを持つと、お子さんがたくさんいるし、いろいろ大変でした。でも、保育士としての仕事はやりきった感があって、その後、退職を申し出ました。
 病気になった時、もう助からないなと感じました。でも、こうして命が助かったのだから、何か社会に貢献できないかと思って、いろいろ調べて、作業療法士の仕事を知りました。幼稚園でこれまで作品展とかしてきましたが、これって作業ですよね。こうした経験を活かせないかなと思ったんです。
 作業療法士の学校に入ってからは、かなり苦労しました。そもそも受験の時に、いくら勉強しても頭に入って来なくて、社会人入試で入学しました。でも、その時は実感がなくて、学校の勉強はできるだろうなと思ってました。入学して初めて、私ってこんなのだったの? と驚きました。授業に全くついていけませんでした。先生の話を聞きながら書くことができないので、全部録音しました。録音を聞きなおしながら文字起こししてそれをまとめたりしました。筋肉とか覚えられないので絵に描いて覚えたり、いろいろ工夫しました。学生同士で読み合わせをしても、文章がただ音としてしかインプットされなくて、意味が伴わないのです。
 国試はパターンが決まっているので、なんとか合格しました。そのあと、作業療法士として、回復期病院に勤務しました。あえて障害のことは言いませんでしたが、病歴は志望動機にも繋がりますので、伝えていました。新人でしたから、できないことがたくさんありましたが、「頭を切ったからね〜」とさらっと流されて、あまり問題になりませんでしたね。そのあと希望する小児の職場に募集があったので、移りました。
発症後、年数が経つにつれて、高次脳機能障害はかなり良くなっているんですね。でも、キャリアを積んで、責任が重くなってきますよね。その社会的役割の変化に、高次脳機能障害の改善が追い付かないのです。だから、今の方が大変です。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

この冊子の取材は、キャリアの途中で、脳卒中、頭部外傷等を患い、後遺症として高次脳機能障害や失語症が残った人を対象としている。今回取材した松本さんは、保育士として働いていた時にクモ膜下出血になった。そのあと作業療法士の資格を取るために養成校に入学をしている。このため高次脳機能障害と学生生活、特に学業の困難さについて、背景にある症状とともに、聞くことができた。
 記憶障害があると、新しい...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

なにより驚くべきは、記憶にそれなりの障害を抱えながら、松本さんが作業療法士の受験勉強時に自ら構築した、「想起」のためのタグ付けのテクニックでしょう。

作業記憶の低下と注意障害の双方を抱える当事者には「忘れてしまう、見失ってしまう」「でも探せない」の症状があるから、管理したい情報に独自の検索性をつけるライフハックをとる方がこれまでのケースでも多く見られました。けれど松本さん...


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インタビュー記事

得意分野は『流れをつくる』

松本さんは、高次脳機能障害の当事者でありながら作業療法士、しかも受傷後に国試をクリアしたというケースです。「新しいことを憶えるのが苦手」とされる高次脳機能障害を抱えながら資格取得をし、さらにその資格で今も勤続されているケースは、本冊子でも初めて。果たしてそのプロセスはどのようなものだったのでしょうか。

得意分野は『流れをつくる』

病前職は、幼稚園教諭。この仕事を目指した理由としては、「お恥ずかしながら、特に子どもが好きというわけではなく、得意なピアノを活かせる仕事だと思ったんです」という松本さんですが、実際にその仕事に就いてみると意外や意外、とても自分に合っている仕事だったと言います。
お仕事の中での得意分野は、まず子どもたちの中に「流れをつくる」だったそうです。
「一クラス約35人だったのですが、 それぞれが自由に過ごしている中、声掛けや身振り、リズム的な表現を使うことで、クラス全体を大きな一つの流れに乗せてまとめていくことが得意でした。それから子どもたちが自分で考えて、自分の力で解決していけるような流れをつくることも。 休みの日も常にアンテナを張って、作品展やお遊戯会に使えそうなアイディアのヒントを、ふと目にした風景から取り入れていたことも覚えています」
そんなこんなで充実感を持って仕事をしていた松本さん。自分に合ったこの仕事を、今後も続けていくつもりでいる中、くも膜下出血に倒れました。26歳のことです。

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