薬剤師としてやれることがいっぱいある 薬剤師 下沢さんの場合

医療職が当事者になるということ

仕事はとにかく忙しかったですね。22時過ぎに帰宅したり、当直もしたりしていました。介護もあって、オーバーワークが続いていました。でも、仕事は楽しかったです。血液検査とかは、問題なかったのです。疲れているけど、検査結果を見て、自分は健康だから大丈夫なんだって思っていました。いつも、患者さんのデータを見慣れているでしょ? だから、私は健康なんだって。
一点だけ。ほんとは貧血なのに正常値だったんですね。これって、実は脱水傾向だったってことなんですよね。夏場の脱水で、脳梗塞になったんだと、今になって思っています。患者さんには「水分取ってね」ってアドバイスしていたのに、自分は仕事が忙しくて、水分をあまり取っていなかったのですね。
 ある朝、手足に痺れがあって。「これはまずい。1分でも速く、病院へ行かねば」とタクシーで向かいました。自宅を出る時は歩けていたけれど、病院につく頃にはすでに歩けなかったんです。
 急性期病院では、「歩くのはあきらめてください」と医師に言われたらしいのですが、家族の配慮で、私は聞かされていなかったのです。医師のこういう厳しい言葉で、ショックを受ける人が多いのですが、私は、「リハビリをしたら良くなる、元の仕事に戻れる」としか思っていなかったのです。今、思えば、病院にもこの障害についてのパンフレットとかあったと思うのですが、この時期はあまり頭に入ってこなかったのです。
その後、回復期病院に約6か月いましたが、その頃は麻痺に対するリハビリがメインでした。言語聴覚士さんのリハビリも、構音障害のリハビリがメインでした。当時は声がとても出にくかったんです。その頃は、麻痺をよくしたいということしか考えていませんでした。
 高次脳機能障害について「あ、自分はこれか!」と思ったのは 退院後です。交通事故の後遺症の方々が通っている施設があって、そこに柴本礼さんの『日々コウジ中』って本がありました。知っていますか? その本や、高次脳機能障害に関するパンフレットなんかを読んでいました。また、そこに通っている人を見て、「あ、こういう障害があるんだな」と知りました。自分自身も、感情の浮き沈みがあったり、意欲がわからないことがあったりして、「あれ? これまでの自分と違うな」と感じていたところがあったので、興味深く学び始めました。医療職の性でしょうか、一人の症例として、どんな障害があるのか、自立するにはどうしたらいいのか、自分で知りたかったのです。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

 医師である山田規久子さんが書いた『壊れた脳 生存する知』は、医師の視点でご自身の症状を観察し記述した本です。背景にある高次脳機能障害とは何かを探求したい一心で、第一人者であった山鳥重先生から学び始めます。脳出血を患った脳外科の医師が、この本を読みながら、「山田さんは、これはなんだろう? と楽しんでいる気がする。僕も、そんなところがある」とおっしゃっていました。医療職の方は、職業柄「一症例としての...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

 かつては急性期の脳外病棟の勤務歴もあった下沢さん。そのお話で最も胸に響いたのは、かつて医療者として持っていた下沢さんの「脳卒中後の当事者像」と、その後ご自身が当事者になったのちの自己像のギャップです。

 現場の医療者のリアルな感覚は、下沢さんの言葉を借りれば「急性期のものすごい状態を見るスタッフには『その人のキャリアと人生が終わった』と見える」「とにかく発症して2か月以...


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インタビュー記事

翌日から復職するつもりだった

  下沢さんの病前の仕事は、病院薬剤師。学校を卒業後、丸23年同じ大学病院で仕事を続けられ、責任のある立場で働いていました。病院薬剤師の仕事とは、入院患者に対して医師が処方する薬を単に調剤するだけのものではありません。

「入院した患者さんが普段飲んでいる薬やアレルギーを確認して、これから使う薬の内容や目的を患者さんが理解できるまで説明するのが基本業務。さらに、患者さんの副作用はどうなのか、そのお薬を継続するメリットについての判断などをした上で、時には口うるさいぐらいに医師の処方に突っ込んだ意見を言うこともあります。担当医にとって専門外の疾患を別に抱えている患者さんの場合などは、その疾患に使っている薬の扱いや、並行して使うお薬の選択や量などを相談されることも多いです」

 いわば、病院内における医薬品のオーソリティ。ご自身でも「やりがいのある仕事だったと思います」と言います。

 そんな下沢さんは、急性期でも回復期でも、高次脳機能障害という診断を具体的に受けていない、いわゆる未診断の当事者です。人の命に直結する病院薬剤師という仕事で、未診断で復職では、さぞや致命的な失敗や、大きな困難、喪失体験に直面せざるを得なかったのでは? と思いきや、下沢さんの復職とその後の経緯は、驚くほどに穏やかです。

 「いや、私、はじめは相当能天気な当事者だったと思うんです。利き手が動けば車いすでも仕事はできるし、病院なら車いすはあちこちに置いてあるしなんて思って、回復期病院を退院したら次の日から復職するつもりでした。それで実際に退院した日に脳外科の教授に挨拶しに行ったら『仕事したいのは分かるけど、もうちょっと考えなさい。君ができるのは分かっているけど、薬剤師の仕事はスピードも求められるでしょう。もう少しじっくりリハビリして』って言われて……。そのとき『リハビリは一生必要だよ』とも言われて、そんなに簡単に治るものでもないことを自覚しました。装具と杖でやっと歩ける程度では当然そうなりますよね(笑)」

 早く仕事に戻らねば!と焦らなかったことには、再発の恐怖もあったと言います。

「今でも再発の恐怖はあります。以前、循環器の担当をしていて、患者さんが、特に心原性の人とか(心臓内でできた血栓が)脳に飛んで脳外科に行ってしまうケースをたくさん見てきているので、恐怖感が普通の人よりも大きいとは思う。性格上、病前通りの仕事に戻って、同じ仕事と生活を始めたら、絶対過労やストレスで再発させちゃうなって、自分自身も周囲も分かっていたので」

 そんなこんなで急いで復職する道を取らなかった下沢さんですが、休職の間に居住区の「障がい者福祉センターあしすと」の「社会リハビリテーション」という通所リハプログラムに通う中での経験が、その後の復職を支える大切なキーとなりました。

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